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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)2499号 判決

原告

西〓稔幸

被告

東口八十松

主文

被告は原告に対し金一二〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三〇年七月二三日以降完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

原告その余の請求は棄却する。

訴訟費用は二分しその一を原告の負担とし他の一を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告において被告に対し金四〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮りにこれを執行することができる。

事実

(省略)

理由

成立に争のない甲第一乃至第八号証及び乙第一号証と証人西〓治、同東口孝及び東口留造の各証言を綜合すれば、原告の妻の実弟である訴外東口孝は、訴外西口新三郎の娘里美と恋愛して、親兄弟の反対を押切つて生家を飛出し、里美と同棲して一子まで儲けるに至つていたが、二人の同棲に反対する親兄弟姉妹と兎角不仲であつたところ、他方右里美の父新三郎とその妻の姉婿である被告(前記孝及び原告の妻富子の父東口国治とは兄弟で原告等の叔父)は右孝と里美を支援して孝の父国治に対して右二人の仲を認めるように要求していたので、訴外国治とその長男の国雄、娘婿の原告、その他の国治の家族の者は被告等を予てから不快に思つて居り、被告等もまた国治等の家族が前記の二人の仲を認めないので、右家族の者等に対して不快な感情を持つていたこと、昭和二九年一二月二二日原告主張の路上附近で訴外孝が、その実姉の梅子が里美をいじめたことを理由に、右梅子を殴打したことに端を発して、同人等の父国治、その長男国雄、婿の原告、国治の娘等多数の者が孝を殴打してひどい折かんを加え始めたので、前記新三郎や被告はこれを制止しようとしたところ、右国治や原告は予ての悪感情のせいもあつて却つて同人等を殴打したので、同人等はこれを反撃を加え原告主張の路上附近で国治の家族及びその近親者と新三郎及び被告の家族その他孝に味方する者の間に喧嘩が起きて、男女十数名の者が或いは取組合い、或いは挙や下駄等を振つて大乱闘に及んだこと、及びその後訴外東口留造等の制止で右喧嘩も一応けりが附いたかに見え始めた頃、被告は右のような経過で原告等多数の者から正当な理由もなく殴打されたのを残念に思つて、刺身庖丁を持つて右喧嘩の場に引かえし、折から父が殴打されたのを怒つてその場に暴れ込んで来た被告の息子の京太郎及び久雄に気を取られていた原告に、右庖丁をもつて突掛り、原告に対して、その左側胸部第五第六肋間において内胸筋膜まで貫通する幅約一〇糎の刺傷及び左上膊三頭筋下部を斜めに半ば切断する切傷を負わせたことを認めることができる。原被告本人の各訊問の結果中、右認定に反する供述部分は措信しない。

右の認定事実によれば、それまで刃物の入つていなかつた喧嘩に刃物を持ち込んで使用した被告の責任は弁解の余地がなく、右刃物を振つて原告に判示の傷害を負わせた被告の行為は紛れもなく不法な行為によつて他人の身体を傷害した場合に当る。被告は正当防衛を主張するが、これを認めるに足る事情は少しも存在しない。故に被告は原告に対して原告が右傷害によつて蒙つた財産上の損害を弁償し肉体的乃至精神的損害についての慰藉料を支払わなければならない。

そこで、原告の蒙つた損害の数額について判断するに成立に争のない甲第一、第二号証及び証人東口富子並びに同北村長子の各証言によつて真正に成立したと認める甲第一〇号証の一、二、同第一一乃至第一三号証と右両証人の各証言を綜合すれば、原告が右傷害の治療の為めに国際平和病院に入院した際の治療費及び入院中の諸経費と、小西医院に通院した治療費が原告主張の通り合計金四五、三八〇円であることを認めることができる。原告が本件傷害によりその職業を休業した期間及びその職業による一日の収入に付いては原告本人訊問の結果により真正に成立したと認める甲第九号証と証人西〓治同東口富子及び原告本人の各供述によれば、原告は本件負傷の翌日から昭和三〇年七月二二日まで原告の職業である古金属等屑物回収業を休業していたこと及び右職業による原告の一日の収入が平均金五〇〇円であることを認めることができるが、原告の右職業の業態に徴し一ケ月の稼働日数は平均二〇日と認めるのが相当であるので、その一ケ月の収入は約一〇、〇〇〇円となる。結局原告は被告の不法行為により右認定のように七ケ月の休業を余儀なくせられ、その間に合計金七〇、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失したことになる。原告が右傷害によつて受けた非財産的損害について被告の支払うべき慰藉料の額については、前認定の傷害の部位程度並びにその治療に要した日数、前出の甲第九号証、証人西〓治、同東口富子並びに原告本人の各供述によつて認め得る本件原告の傷害による後遺症の程度並びに原告の家庭の事情、被告本人訊問の結果に徴して認め得る被告の家庭の事情、その他弁論の全趣旨により認め得る本件に関係ある総ての事情を綜合すれば、その額を金八〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。以上損害賠償額及び慰藉料額の合計は金一九五、三八〇円となる。

被告は本件の喧嘩によつて被告も原告から傷害を受けたから、これによる被告の原告に対する損害賠償請求権を本件の原告の請求権と相殺すれば差引零となる趣旨の主張をするが、成立に争のない甲第七号証、証人西〓治の証言及び原告本人訊問の結果に徴すれば被告が本件喧嘩の際受けた手の切傷は、被告が刺身庖丁で原告を突いた際又はその後原告等が被告の手からこれをもぎ取ろうともみ合つた際に受けた傷で、また被告の頭の傷もその主要なものは、被告が原告に傷を負わせた直後、原告及び訴外東口国治によつて加えられたものと認められ、原告に故意過失を認められないから原告にその賠償責任はない。被告の頭の傷の一部は、前認定の喧嘩の軽過に徴して被告が原告を傷害する以前に原告その他の者が共同して加害したものと認められるが、その程度は前記の喧嘩の経過に徴し、原告に相当額の賠償責任を生ずる程重大なものではなかつたことが認められる。結局被告の原告に対する損害賠償請求権は認められない。

次に被告の過失相殺の主張について判断するに、前認定の喧嘩の発端以来本件傷害までの経過に徴すれば、本件の喧嘩はその発生の端緒及びその後被告が刃物を持ち出すまでの経過については被告の側より、むしろ原告の側に責むべき点が多いこと、及び、このような原告側を責むべき原告等の行為によつて被告が刃物を持ち出すほどに怒るまで被告を挑発したものであることを認めることができる。原告側の右挑発行為については原告もその責任の一端を負うべきものであると認められるので、その点において被告の不法行為について原告にも過失のあつた場合に該当する。右原告の過失により原告の受けた損害の約四割程度は原告自らの負担すべきものと考えられるので、裁判所はこれを斟酌して先に認めた損害賠償額及び慰籍料額を減額して、被告が原告に支払うべき総額を金一二〇、〇〇〇円と認める。

よつて右の金額及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三〇年七月二三日以降完済に至るまで年五分の割合の損害金の範囲で原告の請求を正当として認容しその余を失当として棄却し民事訴訟法第八九条第九二条第一九六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 長瀬清澄)

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